代表ブログ

2022.11.8 代表ブログを更新しました。

 Q4、インボイスを発行する適格請求書発行事業者になるためのは、いつ、どのように登録申請

 すればいいのでしょうか?


 A、登録申請は令和3年10月1日から始まっています。

 令和5年10月1日のインボイス制度開始と同時にインボイスを発行するためには、令和5年

 3月31日までに申請しなければなりません。

 また、いくつかの特例もあるため注意が必要です。

(1)適格請求書発行事業者の登録申請のしかた

 登録を受けようとする事業者は、登録申請書(「適格請求書発行事業者の登録申請書」)を納

 税地を所轄とする税務署長に対して提出します。

 その後、税務署による審査を経て、登録された場合は適格請求書発行事業者登録簿に登載

 され、その旨の通知及び公表が行われます。

 公表情報は、インターネットを通じていつでも確認ができます。

(2)登録の通知と効力

 登録の通知は原則として書面で行われますが、登録申請書をe-Taxで提出した場合には通知をe-Taxで受け取ることもできます。

 登録の効力は、通知の日にかかわらず、登録簿に登載された日(登録日)に発生します。(事前申請の場合は令和5年10月1日)。

(3)令和5年10月1日から登録を受ける場合の申請期限

 申請期限①:令和5年3月31日までに登録申請を提出する必要があります。

 申請期限②:特定期間の課税売上高等により新たに課税事業者となる事業者が令和5年10月1日から適格請求書発行事業者になろうとする場合は、申請期限が令和6年6月30日まで延長さ

 れます


 上記①②までに申請書を提出することに困難な事情がある場合には、その困難な事情を記載した登録申請書を令和5年9月30日までに提出すれば、令和5年10月1日に登録を受けたものと

 されます。(この場合、登録番号がすぐには発行されないと想定されるためインボイスの発行に当たり注意が必要です)

(4)登録の変更、取り消し

 ①、変更

 登録事項に変更があった場合には、速やかに「適格請求書発行事業者登録簿の登載事項変更届出書」を提出することとされます。

 ②、取り消し

 適格請求書発行事業者が登録を取り消したい場合には「適格請求書発行事業者の登録の取り消しを求める旨の届出書」を提出することで登録が取り消されます。ただし、翌課税期間から取り消し

 たい場合には「課税期間の末日の30日前よりも前」に提出する必要があるため注意が必要です。

(5)新規設立法人の登録申請

 課税事業者である新設法人の場合は、事業を開始した課税期間の末日までに、事業を開始した日の属する課税期間の初日から登録を受けようとする旨を記載した登録申請書を提出することで、

 その課税期間の初日に登録を受けたものとみなされます。(新設法人等の登録時期の特例)

 免税事業者である新設法人の場合は、課税開始(設立)時から適格請求書発行事業者の登録を受けるためには、設立後、その課税期間の末日までに、課税選択届出書と登録申請書を併せて提出

 することが必要です。

                                                                 国 税 庁

                                                               TKC出版インボイス制度

                                                                 

詳細等については和歌山県のホームページをご覧ください。(大分追加されています)

 

和歌山市においても同様の事業者支援金が出ていますので、併せて受けられます。

なお、他市町村についても出ている市町村がありますのでおしらべください

 

 令和5年10月1日よりインボイス制度(適格請求書等保存方式)が導入されます。

 今回からシリーズでインボイス制度のQ&A方式でお話をしたいと思います。

 Q1、インボイス制度の導入により、経営にはどのような影響が出るのでしょうか

 A(1)売手側への影響

 すでに課税事業者であっても、インボイスを発行するためには「「適格請求書発行事業者」に登録する必要があります。

 登録を行わなければ、インボイスを発行することが出来ず、商品やサービスを購入する事業者が仕入税額控除を受けられないこととなるため取引に影響を及ぼす可能性があります。

 (2)買手(仕入)側への影響

 インボイス制度導入後は、適格請求書発行事業者からの仕入れでないと仕入税額控除ができなくなります。

 つまり、適格請求書発行事業者でない取引先(免税事業者、課税事業者であっても登録をしていない取引先)からの仕入を続けると、自社が負担する消費税額が増える事になります。

特に小規模な事業者からの仕入や外注に関して、取引先に適格請求書発行事業者登録の意向や登録状況を確認する必要が出てくるでしょう。

 (3)免税事業者の場合

 これまで、買い手(仕入)側は、免税事業者からの仕入であっても仕入税額控除を受けることが出来ました。しかし、インボイス制度導入後は、免税事業者からの仕入では仕入税額控除を受けることができないため、免税事業者からの仕入を控える動きが起こる可能性があります。免税事業者のままでは適格請求書発行事業者に登録できないため、課税事業者を選択した上で登録申請を行うかどうか、検討が必要です。

 免税事業者が適格請求書発行事業者に登録するためには、まずは「消費税課税事業者選択届出書」を提出して課税事業者となる必要があります。


 Q2、インボイス制度の導入によって、経理業務にはどのような影響があるのでしょうか。また注意点はありますか

 A、(1)請求書等の様式変更

  現行の区分記載請求書の記載事項に加え、登録番号や税率ごとの消費税額等を記載しなければならないことからインボイスとなる請求書、領収書等のフォーマットを変更する必要があります。

(2)会計ソフトへの入力

  会計ソフトへの仕入入力の際「10%」「8%」の税率別の入力のほか「適格請求書発行事業者でない事業者からの仕入」を分けて入力する必要があります。

(3)顧客への対応

  インボイスの発行について、取引先から問合せを受けることが想定されますので、インボイス制度を理解し、問い合わせがあった際の対応方法を確認しておく必要があります。 経理部門だけではなく営業担当、営業事務等もインボイス制度を衆知し、対応を共有していきましょう。

(4)経費精算での留意点

  令和5年10月1日のインボイス制度導入後は、免税事業者からの課税仕入に関して留意したルール策定が必要となります。例えば、下記の点に注意が必要です。

 1、 個人タクシーの利用、2、個人商店からの仕入、3、個人が営業する店舗での飲食4、店舗、駐車場の賃借、5、フリーランスへの外注・・・


 Q3、免税事業者なのですが、適格請求書発行事業者に登録した方がいいのでしょうか

 A、 事業者向けに販売、サービスを提供している場合、取引先から除外されるケースも考えられますので、適格請求書発行事業者の登録を検討する必要があります。

その場合には簡易課税制度についても検討するとよいでしょう。

                                                       令和4年9月22日国税庁

                                                       2022年TKC出版

                                  この続きは次回のお話とします。お聞きしたいことはメールでご質問ください。


「ハチドリのひとしずく」


 いま、わたしにできること!!

 「やさしさ、思いやりの」心をなくした日本の社会

 人間として、等身大でいける時代にしなければ


 森がもえていましいた。

 森の生き物たちは我さきにと逃げていきました。

 でも「クリキン」という名のハチドリだけは行ったり来たりくちばしで「水しずく」を一滴きづつ運んでは火の上に落としていきます。

 動物たちはそれをみて「そんなことをしていったい何になるんだ」・・といって笑います。

 「クリキン」はこう答えました。

 「わたしは、わたしの出来る事をしているだけ・・・」

                      (南米アンデス地方のお話)

 いま、あなたにできることを力のかぎりやってみよう。

 そのご、森はどうなったか??

 それを決めるのは「あなた」です

              自筆証書遺言とその書き方

 

 今回は自筆遺言の書き方を一つの表にまとめてみました。

 日本も高齢化の波におそわれ、しかも高齢化にともない認知症というやっかいな問題が生じてきています。

 相続税もさることながら、遺産相続の争いが起きてきています。

 皆さまも是非、自筆遺言を検討されてみてはいかがでしょう。

 自筆証書遺言とは、遺言者が基本的に全て一人で自筆し、作成する遺言書です。

 お釈迦さまのこころ

 ある男性が、お釈迦様の高名な噂を聞いて是非ともお目にかかりたいと旅にでるという話


 まだ一度も村を出たことがない男は、道に詳しい者たちについて出かけたが、嵐にあって

 はぐれてしまった。

  幸いにも羊飼いの家に泊まって厚遇を得た。次の日出かけようとするが、羊たちが嵐に紛れ

 て逃げ出してしまい、羊飼いは大変な目にあっている。

 すぐに仲間に追いつかねばと思うのだが、見捨てるわけにもいかず、牛飼いの手伝いをして羊

 をすべて捕まえた。

 しかし三日が経っていた。

 何とか、仲間に追いつこうと旅立つが、途中で水をもらった農家の女性が、夫に先立たれ幼子

 を抱えて畑の刈り取りが出来なく困っているという。

 男はその家にとどまり、すべての収穫を終えるのに三週間もかかってしまう。

 もう少しで、お釈迦様のところにたどり着こうかという時に、老夫婦が、川に流されているのを発見し、男はすぐさま川に飛び込んで助けた。

 衰弱している老夫婦をしばらく看病することになった。  

 こうして、あと少しというところでいつも何かが起き、お釈迦様と出会えぬまま、各地を転々と旅し続け、20年という歳月が過ぎた。

 お釈迦さまが涅槃(ねはん、「ローソクの日が消えて二度と燃え上がらない状態」)に入られるという噂がながれた。この機会を逃したら、もう二度とお釈迦様にお会いできないと思って

、わずかな「水と食料」を携えて、お釈迦様が涅槃に入られる地へと急いだ。

 ところが、またもやあと一息というところで、道の真ん中に一匹の怪我をした「鹿」が倒れているのを目にした。

 誰かがついていなければ死んでしまうだろうが、あたりに誰もいない。

 そこで自分の持っていた「水と食料」をすべて「鹿」の口元において立ち去ろうとした。

 しかし、気がとがめて引き返し、一晩「鹿」の看病した。

 夜が明けると、「鹿」も少し元気になってきたので、再び出発しようとしたところ、お釈迦様は涅槃に入られたと知らされた。

 男は地に伏して泣き崩れた。

 すると、背後から聞こえてくるではないか、「もう私を探すことはない」・・・と

 男は驚いて振り返ると、先ほどの「鹿」がお釈迦様の姿になり、まばゆい光に包まれて立っていた。

 そして、こう言った。「もしあなたが昨晩、私をここに残して立ち去っていたら、きっと私に会えなかったでしょう。あなたのこれまでの行いと共に私は常に一緒にいます。」

                                                         禅の教え(臨済宗円覚寺管長、横田南嶺)


6月に入り早、梅雨入りの季節になりました。

今月は、和歌山の民話を紹介したいと思います。

 「髪長姫のものがたり」

 奈良に都があったころ、九海士(くあま、日高郡日高町「9人の海女さん」からの意味)

の里に早鷹(はやたか)と渚(なぎさ)という信心深い夫婦が住んでいた。

 早鷹は村長でお金もある。夫婦のなかも好いし何の不足もない。しかし夫婦は40歳を

過ぎても、子供がいなかった。渚は毎日「八幡宮」へ出かけて、「神様どうぞ私らに子供を

授けてください。」とお願いしていた。そしたら信心深い二人の事だからと、神様は

たのみを聞いてくれて、元気の良い可愛いらしい女の子が生まれました。

 夫婦は喜んで、八幡宮から授かった子だから「宮」という名前を付けました。

 宮は二人に大事にされて、丈夫に育ちました。

 しかし、女の子は大きくなっても頭の毛は生えてこない。

 夫婦は薬を塗ったり、神様にお願いしたりしましたが少しも生えてこない。ある年のこと、九海女の海の底で何かピカピカ光り輝いているものがある。

おかしな光で、その日から魚が一匹も獲れなくなった。

 九海女の漁師は「こりゃあ」海の中になんぞ化け物がおるんとちがうか。早いところ何とかせんと大変なことになる。

 正体を見たものは誰もいない。

 そこで、渚は決心した。娘に髪の毛が生えてこないのは、私らになにか「タタリ」があるかもしらん。

 罪滅ぼしのつもりで、私が海に潜ります。

 皆が止めるのも振り切って、渚は海へもぐった。

 早鷹も、村の人も心配してじっと海を見ていた。やがて、渚はピカピカ光るものを抱いて海の底からあがってきた。それは仏さんで、金色に輝く観音さんです。

 村の人たちはこの観音さんをありがたがって、丁寧にお祭りしました。

 そしたら、今まで一匹も獲れなかった魚がこれまでよりももっと獲れるようになった。

 何日がたってある晩、観音さんが渚の夢の中に出てきて、私はお前のおかげで海の中から出ることができた。何か願い事があれば申すが良い。

 渚は「別にありませんけど、娘の髪の毛が生えてこないのが可哀そうで・・・」と答えたとたん渚は目がさめた。

 そしたら、次の日、つるつるだった娘の頭に毛が生えてきた。

 「宮」の頭の毛はどんどんのびて自分の背丈より長くなった。村の人は宮のことを「髪長姫」と大変ほめたそうだ。

 ある日、髪長姫が髪をすいていると、スズメが姫の抜け毛を一本くわえて何処かへ飛んで行った。

 奈良の都に右大臣、藤原不比等(ふじわらふひと)という偉い人がおって、御殿の屋根に垂れ下がっている長い美しい髪の毛をみつけて、何と美しいそして長い髪の毛や、世の中に

こんな髪の人がいるとは・・・不比等は家来をよんでこの長い髪の主を探すように命じた。

 このころから、美人の条件に髪の長い人は美しいとされた。家来は九海士の里で「髪長姫」を見つけ、早鷹、渚夫婦の許しをえて、娘を都へ連れて帰った。

 不比等は大変喜んだ。「髪長姫」は顔、形だけでなく心も美しかった。不比等は姫を自分の娘にして「宮子姫」と名付けた。

 「宮子姫」はその後、文部天皇に見初められて、天皇のお妃になった。それから、「宮子姫」はお妃になっても、九海士の両親のことや観音様の事を忘れていませんでした。

 その証拠に日高川のそばに立派になお寺を建立した、それが今の「道成寺」です。


2022.5.12

今月は大型連休が重なりこの投稿が今日になってしまいました。

今回も中国の話を書きたいと思います。

 「杜子春」

 唐王朝の洛陽の都、西門の下に「杜子春」という若者が一人佇んでいた。彼は金持ちの息子

だったが、親の遺産で遊び暮らして散在し、今は乞食同然になっていた。

 そんな彼を憐れんだ片目すがめ(斜視)の不思議な老人(のちの仙人)が「この場所を

掘るように」と杜子春に言い含める。その場所から荷車一輌分の黄金が掘り出された。

 たちまち杜子春は大富豪になる。しかし財産を浪費するうちに、3年後には一文無しなって

しまうが、杜子春はまた西門の下で老人に出会って黄金を掘り出し、再びおお金持ちになって

遊び暮らしで蕩尽(とうじん)する。

 3度目、西門の下に来た杜子春の心境に変化があった。

 金持ちの自分は周囲からちやほやされたが、一文無しになれば手を返したように冷たく

あしらわれる。

 人間というものに愛想をつかした杜子春はは老人が仙人であることを見破り、仙術を教えてほしいと懇願する。


 そこで老人は自分の鉄冠子(三国志演義などに登場する左慈の号)という仙人であることを明かし、自分の住むという我眉山へ連れていく。

 我眉山の頂上に一人残された杜子春は試練を受ける。鉄冠子がかえってくるまで、何があっても口をきいてはならないというのだ。

 虎や大蛇に襲われても。

 彼の姿を怪しんだ神につき殺されても、地獄におちて責め苦を加えられても、杜子春はは一言も言わない。

 怒った閻魔大王は、畜生道に落ちた杜子春の両親を連れてこさせる。

 彼の前で鬼たちにめったうちさせる。

 無言を貫いていた杜子春だったが、苦しみながらも杜子春を思う母親の心を知り、「お母さん」と一言さけんでしまった。

 さけぶと同時に杜子春は現実に戻される。

 洛陽の門の下、春の日暮れ、全ては仙人が見せていた幻だった。

 これからは人間らしい暮らしをするという杜子春に、仙人は泰山の麓とにある一軒の家と畑を与えて去っていった。


 大番頭高橋荒太郎にみる

 企業は一に人、二に人、三に人といわれるぐらい人が大事だ

ホンダの創業者本田宗一郎の番頭は藤沢武夫、本田宗一郎は技術に長けていたが会計については

全くの素人だった。

 戦国時代においても豊臣秀吉には竹中半兵衛とその後の黒田官兵衛がいた。天下をとれたのは

この二人の力が大である。

 また、三国時代においては、孫権に諸葛孔明がいて劣勢な人数で曹操率いる大群に勝利した。

 松下幸之助の大番頭といえば、高橋荒太郎の名前があがる。

 朝日乾電池という会社の経理の制度を作った実績を見込まれて、松下電機(現パナソニック) に転じた。が・・「経営の神様」が、買った点はほかにもあった。

 1929年、25才で高橋荒太郎が朝日乾電池の常務に抜擢されたとき、主力製品はラジオ

の電池がいらなくなった。

 そこで需要が見込まれる自転車ランプ用電池に的を絞った。

 変化を読み会社を改造した。

 経営改革を高橋が始めた29年は世界大恐慌がおきた年だ。

 不況が深刻なほど内むきになり、コスト削減でしのごうとしがちになる。

 新しい収益源を生んだ高橋の手腕を松下幸之助は評価したに違いない。リーマンショック後の不況から抜け出せないいま、成長への道筋を企業はつけているだろうか。

 高橋は神戸の商店で働きながら簿記を学んだ。

 旭電池の改革では工場に常駐して従業員を指揮した。ラジオ乾電池の生産が減っていく様子を工場で目にし、製品を変える決意は強まった。

 「もっと現場に出よ。」成長戦略を描き切れない経営者にそう呼び掛けているいるように見える。

                                                                                                                                                                          参考:日本経済新聞「春秋」

令和4年「運命論」の期

人の運命を変える事ができますか??、空海(幼少、学海)

「人間には運命があるが、その人の考え方や、思いによって、

    その運命は変えることができる」

 空海少年のところにあるとき白髪の老人が訪ねてきた。

「私は南の国で易を極めたものだ、空海少年に、私自身が極めた易の神髄を

 伝えるようにと天命が下ったので、わざわざ訪ねてきた」

空海少年の家は、若くしてお父さんをなくしお母さんと二人暮らしをしていた。

空海少年が将来どんな道に進むのかを占った。

祖父の代から医者の家系で、祖父も父も医者でした。

白髪の老人は「いや、この子は医者にはなりません」

 科挙(かきょ高級官僚になるための試験)の試験を受けて立派な高級官僚として出世していくことになります。                                    

 さらに結婚しますが、残念なことに子供は生まれません。そして、53歳で天寿を全うします。

 その後の空海は老人の言ったとおりの人生を歩んでいきます。

 若くして地方の長官に任命された空海は、赴任して早速その地にある禅寺を訪ねました。

 雲谷禅師という有名な老師がいるお寺です。

 「一緒に座禅をくんだ」

 空海は白髪の老人が訪ねてきてその通りになっていることを、雲谷禅師に話しました。

 「あなたはそんな大馬鹿者だったのか、そんな愚かな者だったのか」・・・・・

 「人間には運命があります。しかしその運命のまま生きる馬鹿がいますか?」

 「運命は変えられるのです。」

 「良いことをすれば良い結果がでます。」「悪いことをすれば悪い結果が生まれます」

 空海はこの老師の教えに感銘をうけ、それから今日まで良いことを思い、良いことをしようと思いました。

 空海は61歳まで生き、子供にも恵まれました。


令和4年2月号

 相続税、贈与税一体課税(案)

 暦年課税の見直し

 相続税は人の死亡を原因として被相続人の財産に対し相続人に課税される。

 我が国の相続税法は贈与税と相続税に分離され、贈与税は相続税の補完税としてより高

 い税金が課税さている。

 相続税の課税根拠は取得した人の担税力に応じて課税することとしている。

被相続人の財産に課税することにより①富の過度の集中を排し、富の均衡を図るという

社会政策的な目的を果たし②被相続人の税法上の特例、特典などを利用し③租税回避を

するなどにより蓄積した財産を相続開始の時点で清算させるう所得税の補完税としての

役割を実現する。又、被相続人の蓄積した財産は、その人の手腕、努力の賜物とはい

え、社会に負うところ大であると考えられることか相続税課税の根拠である。

 しかし、被相続人の財産は、被相続人がきちっと所得税等を納税しその残った資金で財 

 産を形成するという事実もある。つまり相続税は二重課税であるという考えがある。

 そこで相続税の課税だが、贈与により生前に贈与することにより相続税の累進税率の緩和等相続税を抑制するといった意味合いもある。

 我が国は相続税と贈与税は別々に課税されている(相続開始前3年以内の贈与財産は加算)

 諸外国はどうか、下記に示すように相続税と贈与税は一体課税されているのが現実である。我が国も先進国に倣いこの一体課税を取りいれていこうと課税庁が検討している。

 この改正が行われると、暦年贈与の節税対策のうまみが薄れることになる。

 今回の通常国会では審議の対象にならなかったが、僅々にこの改正がテーブルに載ってくることは間違いがないと思う。その対策を今から考えていく必要があります.

 令和4年1月号

  明けましておめでとうございます!!

 「戦略論」

 並んだラーメン屋さん

2件並んだラーメン屋さんあったとします。

A店は繁盛店で毎日行列ができ、口コミで客足は衰えを知りません。

しかし、隣接するB店は、立地は同じで値段は安いのに、泣かず飛ばずでお店を維持す

るのが精一杯。

隣の店さえなくなれば、あの行列のお客はうちにどんどん流れ込んでくるはずなの

に・・・。

そのB店の願いが叶ってなんとA店が他地域へ引っ越していきました。

 その顛末は。

 B店の客数は激減したとのこと。

 いままでA店の行列に並んだものの、待ちきれずにやむなくB店に来た顧客すら失ったためでした。そして、その後のB店の業績はさらに悪化しました。

他方、新天地のA店の経営は順調でありましたが、激安チェーン店の登場、ダイエット志向や高級インスタント食品の台頭などの環境変化に

対応していかなければなりません。

  ラーメンは、子供から大人までが愛する庶民派向けの大人気の食べ物という地位を失ってはなりません。

A店は他の繁盛店に足を運んで研究し、また同じ思いの同業者と定期的に集い、仲間づくりと意見交換を重ねていきました。


 令和3年12月号

「義足の少女、感動広がる!!」

 これは、もうだいぶ古い話になりますが、内閣府が障害者週刊にちなんで募集した作文を紹介します。

  熊本県南阿蘇村に住む少女(小学4年生)の作文です。(全文)

 私は、生まれつき左足がなくて、義足をつけています。学校生活の中で、足がいたいときや、プールの時など義足をはずす時が

  あります。

 4月になり、1年生が入って来ました。1年生、はまだ入って来たばかりで、私のことを知りませんでした。

 5月に運動会の練習が始まりました。体育館での練習の時、半ズボンはだしでダンスの練習をしていました。

 半ズボンだったので、義足をはめた足が目立っていました。その時、1年生が何人か集まって、「にせ物の足だ」といいました

 私は、すごくいやでした。今でも、同じような事を言われてきたからです。

 だから、いつも足が見えないように、長ズボンばかり着ていまました。

 そして、いろいろ言われるのがこわくて、にげるように義足をかくしていました。

 本当は、何を言われても気にせずに、どうどうとしていたいと思っていたけど、その勇気がありませんでした。

 だから、「にせ物の足」と言われた時も、がまんしていました。

 授業が終わり、担任の先生に相談しました。

 先生は、「1年生に足の事を話してみようよか」と言いました。

 私は、みんなの前で話せるか、自身がなくまよっていると、先生が、「話してみようよ」とはげましてくれました。

 その夜、私は、1年生に話す文をを考えました。内容は、「どうして足がないのか」とか「みんなと同じことが出来る事」とか

 「義足をはめたときは、どんな感じなのか」など、1年生にもわかるように書きました。

 1年生教室に話しに行きました。3人の友達が、いっしょにきてくれました。

 1年生は、私の話を、「すごい。」といって聞いていました。

 その後、みんなの前で義足をはずした姿を見せました。

 1年生は、びっくりした様子で私を見ていました。その時私は、「やっぱりここでやめようかな」と思いました。

 でも、私は、勇気を出して見せたり、質問をうけたりしました。

 その質問は「走っている時義足は、はずれないの」と、「手じゅつをするときは、いたくないの」などの質問です。

 その時私は、こう答えました。一つめは「ゴムみたいな所がすべり止めになるから、はずれません」と答え二つ目は

 「ねむっているから、いたくないです」と答えました。

 勇気を出して話をしたことで、少しずつ自分の気持ちが変わりました。

 いやだった半ズボンやスカートがいやじゃなくなり、どうどうとできるようになりました。

 今では、1年生とも仲良く遊んだりしています。だれも「にせ物の足」と言われなくなりました。

 先生や友達から、勇気をもらって、自分の気持ちを1年生に伝えられたました。

 ありがとうございました

 これから、新1年生や新しい友達と出会った時は、勇気を出してどうどうと、自分の気持ちを伝えたいです。




 タックス関西和歌山事務所のホームページへようこそいらっしゃいました。

 「開眼」(かいがん)中国よみでは(かいげん)と読みます。

 ふつう、開眼といいますと何か自身でひらめいたとき、又は行動しているとき

 特にスポーツをしている時、ひょっとひらめき「これだ」といったことが

 何回かあった人はあるかと思います。

 又、思い悩んでいるとき、他人と話していた時、その人から聞いた話が「これだ」と

  思いあたったことがあると思います。

  ここでいう「カイゲン」は、

  私が、小さい時、学校のグランドに鉄棒がありました

 遊び時間に、友達、上級生が鉄棒をしていました

  逆上がりです。

  鉄棒をつかみ「スッ」といとも簡単に逆上がりしていました。

 ところが自分がやってみると、その友達、上級生のようになかなか

 うまくできません。

  どうしてできないのか、体力、身体が小さい、運動能力のなさ

 でもやってみる

  でも出来ない

 できる子のやり方まねしてみる、できない

  来る日も、くる日もやってみる

  ところがその繰り返しをあきらめず何回もなんかいもやっていると

 いつの日か「スッ」とできるようになりました

  その時の喜び、達成感は何とも言えない気分になった記憶があります    



 自筆証書遺言について ≫ 




和歌山県から飲食・宿泊・サービス業等第Ⅱ期支援金の受付がはじまりました。

 

1、受付期間

 令和3年10月12日(火)~令和3年12月28日(火)まです。

、支援金額

 令和3年7~9月のいずれかの月の売上高減少が前年同月又は前々年同月に比し30%以上減少しており、かつ、当該売上高の比較に使用した年の7月から9月までの3カ月の売上高の合計が15万円以上あること。 


 

対象店舗で等で常時使用する従業員数支援金の額
0人~5人15万円
6人~20人30万円
21人~50人45万円
50人以上60万円